2015年6月25日木曜日

「絶歌」を読む価値は本人が決めること<香山リカ先生乙

感情論やら、薄っぺらい解釈ばかりが横行する中、ようやくまともな見解が出てきた。

http://nikkan-spa.jp/878891

世間の感想とはかなり違うと思うが、私は一読して「痛々しい」と思った。当時は精神鑑定で「行為障害」という診断名を与えられたが、元少年は当時もいまも感情のない世界を生きている。おそらくその原因は、男性の脳の構造や機能の特徴というか、機能不全に由来するものだろう。

 それは本質的には変わっていないし、そのことを本当の意味で異常だとは実感できないままだ。だから、こんな手記を書いてしまったのだろう。というより、彼にはこれしか書けなかったのだ。世間の人が言うような、自己陶酔でも自己顕示でもないと思う。彼なりに少年院やその後の生活で一生懸命、「感情とは何か」ということを“学習”し、それなりの成果はあげている。これはその発表なのだが、世間の基準からはいまだかなりずれており、奇妙というより嫌悪感を抱かせるものにしかなっていない。
素晴らしい。この見解がもっと早く出てこなかったことが非常に悔やまれる。まあ香山リカ先生ですら、この解釈には数日を要したのかも知れない。
実際文章を読むと、ポエムにしか見えないようだ。小生も数ページだけ読む機会があったが、同様の印象を受けた。んー、ポエムだったかー。こりゃ期待し過ぎたか?と。

全くの「善人」であれば、自己陶酔にしか見えないのも無理はないだろう。

話が込み入ってしまったが、私は元少年Aはこの「サイコパス」に相当しており、それが犯行当時には「素行障害(非情緒的特性タイプ)」と診断されたのではないか、と考えている。「サイコパス」は医学的、臨床心理学的かかわりでその攻撃性や衝動性をコントロールすることはできるはずだが、本質的な意味で「完全に治る」ということはない
大多数の日本人は、

  • 犯罪者は更正するべきである。
  • 少年院に入れば必ず更正するはずである。
  • 更生した人間は、「真人間」になるはずである。
  • 元犯罪者は、更正の証として慎ましく生きなければいけない。

そういった先入観というか「期待」がある。まあ気持ちは判る。ただそれはあくまで元々健康優良児であった場合の話で。「盗んだバイクで走り出す」程度の子悪党にしか適応できないものだった、ということなのだろう。

そしてそれに当てはまらない少年Aに辛辣な評価を浴びせる。※オレオレ詐欺に引っかかった親戚を、自殺まで追い詰めるのもこれに当てはまるだろう。全く残酷な正義もあったものだ。

似たような例に鬱がある。 鬱は精神疾患ではないらしい。

脳内ホルモンが医学的に不足しており、「快楽」を感じることが出来ない。不安しかない。大雑把に言えば、鬱は脳の臓器としての疾患の一種だというわけだ。しかしこんなことは該当者と接点でも無い限り知ることはない。知る必要はない。

香山リカ先生の言う通り、専門家の解説を添えるべきだったのだろう。そしてようやく、太田出版代表の「世に出すべき」という考えの裏付けも取れた。※「えっ、そういう意味では..」とかオタオタしてるかも知れないが。

そういうことなら小生も「善良な知人達」に遠慮せずに買おうか。